今日は三連休の初日。
一週間の仕事の疲れを銭湯で落とすとしよう。
自転車にまたがり、世田谷の銭湯へ。
まずは喜久の湯。
こちらはすでに廃湯となっている。
跡地はどうなっているのかと現地ヘ行ってみると、銭湯は現存。
今後、取り壊されるまでの間、街の中で静かに過ごすのだろう。
これから開店してもいいような現役の雰囲気。
さて、それでは尾山台方面へ。
世田谷、とくに多摩川近くは銭湯が少ない。
うちの玉川付近は徒歩圏内に藤の湯くらいしかない。
玉川湯と新寿湯が廃湯となってしまって、実に寂しい限りなのだ。
尾山台へは自転車で15分ほど。
松力の湯は煙突に松力の湯と書いてあった。
なんか煙突を見つけると、ほっとする。
しかもそこから煙がちょろちょろと出ていると、やってるやってるといった感じでわくわくする。
周りは高層建築もなく、静かな住宅街。環境は最高である。
破風造がお出迎え。
牛乳石鹸の暖簾をくぐる。
宇宙な感じだ。UFOが三機も。
番台形式のようだ。
右側が男湯。どこも基本は右が男湯だなぁ。
下足入れは88個。88番に入れてみる。
では、中へ。
「いらっしゃい」控えめな親父さんの声。
番台は高く、160cmくらいの高さが平たくなっている。
そこに湯賃を置く。
親父さんの左脇にはうずたかく積まれた古新聞。
いままで新聞を激しく読んできたんだなぁ。世相にはかなり詳しいのかもしれない。
天井は格子状で濃い茶色の木だ。
広く、真ん中はぽっかりスペースが空いている。
丸かごがたくさん。
3個ほど使用されている。全部で30くらいはある。
その分、ロッカーは20。
自分は控えめにロッカーを使用。
落ち着く銭湯だ。
天井が高いと威圧感がなく、落ち着くもんなのかな。
番台の親父さんがすべてをまとめあげるマエストロのように、銭湯の全体の空気がしっくり来るのかな。
真っ裸になり、浴場へ。
非常に清潔だ。
タイルは白く、目にカビも少ない。
天井はブルーで2段。
到着した時間が5時である上、窓も大きく採光が良いため全体的に明るい。
人間の陰の部分がまったく表に出ない。
お客は5人ほど。
お互いは全く会話がないのでたまたま静かである。
その分女湯には仲の良い常連客が集結しているようで日常会話を楽しんでいる声が聞こえてくる。
浴槽は二つある。
富士のペンキ絵を拝みながら左手のボコボコ泡の出ている湯へ。
大きな黒い穴が浴槽奥にあいている。
これだこれこれ。
実家に昔あった東村山「秋津湯」。かなり昔に廃湯となったが、そこもこんな大きな穴があいていた。
これに吸い込まれてしまいそうで怖くて入れなかった記憶がある。
いつもそれがない方の浴槽に入っていたっけ。
父は平気で入っていくので、大人はすごいなと思ったもんだ。
でも、今となればなんて事はない。
湯温は43℃ほど。
熱くもなく、ぬるくもなく、長湯が心地よい温度だ。
一息つきペンキを広角で眺めてみよう。
早川氏。西伊豆からの富士山だ。
富士の空はなにもペンキが塗られていない。
そのため、背景から天井に広がる青がすべて一つの大きな空のようにまとめあげられている。
これが意図された演出であるとするなら、360℃広がる大パノラマを松力の湯の中で力強く表現できていると思う。
平成16年8月11日作との事。
4年あまり、様々なお客を眺めてきたんだなぁ。
一旦出て、冷水を浴びクールダウン。
続いてはもう一つの浴槽へ。
こちらは42℃ほど。浅風呂である。
広いお風呂なので数人の常連客同士で会話しながら湯が楽しめそうである。
さてそろそろ出るとしようかな。
120円のビン牛乳をソファに腰掛け庭を眺めながら飲み干す。
正当派銭湯である気がした。
銭湯の歴史が積み重なる中で、サウナやジェットバス、電気風呂など時代の流れに逆らい、バージョンアップをせずに湯を守り続けてきた。そんな感じだ。
じっくり疲れを癒す事ができる。
ソファでぼーっとしていると番台の親父さんが浴室奥の扉から釜場の方へ行った。
その後でお客が来店。
親父さんがいないと知ると平気で裸になり湯に入る。
そうか、親父さんが番台にいないときは入ってしまっていいんだな。
気の小さい自分の場合は親父さんが来るまで待ってしまいそうなもんだ。
まぁ、お金さえ払えば後でも先でも同じだからな。
もしそんな状況になったら自分も先に湯を楽しみ、後払いで湯賃を支払う事にしよう。
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