用事があり福岡を訪れた。
宿泊先は西鉄グランドホテル。最寄りの銭湯を検索すると「本庄湯」がヒットした。
夜になり9時を回り、湯に浸かる準備を済ますとホテルをでた。
三連休の中日の夜、天神の街は飲み客で賑わっている。ぶらり一人で街を歩いている男など見当たらない。女性が一人で歩いている方が多いような気がした。詳しく統計を取ってみた訳ではないけれど。
西鉄グランドホテルから天神西通りを南へ。
途中アップルストアを通り過ぎ、ちょっとしたホテル街に入る。落ち着いたカフェやバー、マンションなどがある場所に本庄湯はひっそりと佇んでいる。
本庄湯はビル銭湯。4階くらいの高さのコンクリートの建物で2階、3階の窓からは灯りが漏れ、生活感溢れる物たちが窓に立てかけられたり、影を映し込んだりしている。
入り口は男、女で二手に分かれている。
いくつかのお知らせが貼り出され、営業するということに対し、ポジティブな印象を受ける。
すぐに中に入ってみたいという思いを抑えつつ、ぐるりと一周、本庄湯の全体像を捉えてみることにする。ほぼ建物に囲まれその様子はうかがい知ることはできないが真後ろの駐車場の隙間からその様子が見えた。
表向きはビル銭湯ながら裏に回ると一軒家で千鳥屋根も見えて銭湯らしい雰囲気だ。
その中に5mほどの高さしかないかわいい煙突が見える。
さて表に戻り中に入る。
扉を潜るとすぐに下足を脱ぐスペース。幅は2メートルほどしかないし奥行きも数十センチ。下足入れは右手前に設置されていて鍵のブランドは不明。赤字で数字が記されている。番台形式なので靴を脱いで上がるとすぐに女将さんに湯賃をお渡しする。
大人440円。 東京との差はたったの10円である。
女将さんは明るくいらっしゃいませとお声をかけてくださる。自然に短パンが目に留まる。短い髪のおばあさまにはまだほど遠い、元気そうな女将さんである。基本的にはハードカバーの書籍を読みふけっておられる。
さて脱衣場の様子をじっくり観察してみる。
男湯は右手側であり、外壁側には使い古された木のロッカー。鍵はやはりノーブランドか。鍵についたゴムひもがどれもほとんど伸びきっている。木のロッカーは傷も多いが味わいのある深いアメ色をしている。床もそんな色。裸足になると足の裏と木の触れ合いがマイルドで心地よい。
ロッカーは28ほどあるが、手書きの数字は消されて何度も書き直されたりしているので、収納可能な実数と、ロッカー総数とは 食い違っているようだ。鍵がなくなったりしているのだろう。
籠もあり、後に来られたお客さんはそれを自然と使っていた。私は常連客でもないし壁に備え付けられている鍵付きロッカーを使用することにする。
天井は低めで、白く塗り固められている。色落ちもあり見ていて飽きのこない味わいある壁といえる。
体重計はアナログでエンジ色の「IUCHI SCALE」のもの。すぐ隣には輪投げ。輪は少しの木片とロープで作られている。女湯境の壁上には扇風機。羽が四枚あり、年代物の趣だ。静かにその羽を休めているが、ホコリも積もっていないし今にも動き出しそうである。女湯側にもその扇風機があり、間に大きなうちわ。「福満」と大きく江戸勘亭流フォントで記載されている。そしてマッサージチェア。お客が利用している。
外壁側の手前に喫煙席とトイレ。
普通に脱衣場内で喫煙が可能である。これは最近の東京銭湯では考えられない環境だ。さっそく喫煙しているお客がいらっしゃる中、トイレを使用。トイレは新しい木材で改装されており非常に清潔。狭いが快適だ。
さて脱衣場に戻り、服をパパッと脱ぐと浴室へ。
湯客は一人。出入りが激しいので寂しさはない。夜9時30分から1時間滞在で5人ほどの来湯。
浴室は狭い印象。奥の壁にある釜場への扉がミニサイズで一見遠近感というものが狂う。
島カランはなく女湯境壁に3つ、シャワー付き。外壁側には5つ、シャワーなしである。どちらも奥の壁までカランは並んでおらず、左右非対称の構成だ。
浴槽は中央部に小判型のもの、外壁側の奥に畳1枚ほどの浴槽。
そして奥の壁中央部分にミニサイズの扉。高さは110cmほどか。幅は大人の肩幅もないほど。
女湯境壁側には観葉植物がある。あとゴミを拾うトングのようなものがバケツに入れられて置かれている。
東京では味わえない独特の雰囲気。
ここで幸せをかみしめる。
そして今日この銭湯に出会うことを許してくれた湯の神様に対する感謝と、未踏の地への新たな一歩を踏み出した自分の勇気に賛辞を与えておく。
カランはシャワー付きを利用しているお客とは反対側のシャワーなしを一つ確保。
湯を貯め、かぶり、洗いを繰り返す。
カランのレバーに「宝」と書かれている。レバーの仕組みが上から下に押し込む方式でなく、手前から奥に押すことで湯水を噴出できるようになっている。湯と水の間隔が適度で、片手でうまく湯水を調合し桶に汲めるようになっている。使いやすい。
体をひとしきり洗い、浴槽へ。
奥の壁にある小さな浴槽へ。ライオンの口から湯が扇状に放出されている。静かな浴室の中で唯一と言っていいほどの音の出所だ。途中女湯側に学生だろうか若いお客さんが何人か入ってきたようで、途端ににぎやかになるがそれまではライオンのみであった。
静かに湯に浸かる。
浴槽は二段式で深めだが段差の幅が15cmほどしかなく、気を緩めればつるっと最深部までいってしまいそうである。手をつき慎重に行動する。
水色のタイルがいくつも並び、そしてぴっちり並んでいなくて列が乱れていたり、でこぼこしている様子がまた興味深い。
湯温はかなりぬるめで40℃ほど。狭いし段差に腰掛けられもしないので少々ポジションを確定するまでに時間を要する。結局は最深部に腰掛け、ライオンの放出を眺めていることにした。しかしそれだけで時が過ぎるのを忘れてしまうほど楽しい。
湯から上がりしばしクールダウン。
続いて中央に鎮座する小判型浴槽へ。
こちらは広めで3,4人はゆったりと浸かれそうである。深さがかなりあり、120cmほど。大人が腰を付けても顔がでないほどだ。立て膝をついてちょうどいいくらいか。こちらも一段目部分の幅が狭い。嫌がらせかと思うほど腰掛けるには狭い。何パターンかのうちから居心地のよい体制を模索した結果、小判の幅の狭い部分の端と端の段を使用して足、腰を置く。するとちょうど水中に架けられた橋のようになって落ち着いて湯を長く楽しめるのである。
湯温はやはりぬるめ、40℃ほど。ライオンの湯よりはやや温かいような気がする。
小判の真ん中の底にジェット噴出部分がある。泡というほどでなく、水流が強め、といった感じである。それにより若干湯面がうねっている。大海の海面が上下に波打つ(白波は立たないほどに)、そんな雰囲気だ。
湯をじっくり味わいつつ背景を眺める。
1cm四方のチップタイルで描かれた熱帯魚(エンゼルフィッシュ)。女湯側も壁が低めなので見えるがあちらは鶴。リアル志向でなくかわいらしいデザインである。
湯から上がり体を冷ます。
女将さんは静かに読書。女湯側からは若い女子の声。男湯側には私一人。
常連の湯道具が置かれている棚がある。ぼやっとそれを眺めていると、途中湯客が一人訪れそこから道具を取り中に入っていった。今までも今日も明日も、この先ずっと変わらない(でいてほしい)街の銭湯の様子。
写真を一枚、取りたい気にも駆られたがこの情景を指先一つで過去の一枚にしたくない思いもあり、あとただ単に言い出しづらい自分の気の弱さもあり、何ということもなくただ静かに外に出ることにした。
道を進めばすぐに天神の活気ある街の中へ。
また気軽に湯に浸かりに来たい、楽しい街と味わいある銭湯だった。
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