虎の湯を目指す。
実家からほど近い場所にある銭湯だ。
これまで30年以上、何の関わりもなく生きてきて今日こうして湯を楽しませてもらいに行く。
素晴らしい出会いの瞬間だ。
どんな銭湯なのかわくわくする。
駐車場に車を停める。
けっこう広く、6台ほど駐車できそうだ。
お客の駐車場としてでなく、利用しているスペースもあるのかもしれないが。
駐車場にはペンキ絵が美術館の如く飾られている。
早川氏の作。
富士山はとくに大きく圧巻である。
駐車場でなく湯につかりながら拝みたいものだ。
まぁ、中に入ればまた別なのが見れるかな。
21時くらいである。
暖簾はないな。靴をロッカーにしまう。革靴であるから入りきらない。
力で強引に閉める。おっとあまり強くやると壊れてしまうかもしれないから要注意だ。
相変わらず自分の馬鹿の大足さかげんにはあきれてしまう。
馬鹿の大足、間抜けの小足。
どっちつかずのろくでなし。
そんな節が落語にあったなぁ。
引き戸を開けるといきなり脱衣場。
そして番台におばあちゃん。
みごとに番台に組み込まれてじっと腰掛けておられる。
まるで舞台装置の一部分のようだ。
湯賃をお支払い。
洗剤やら石けんやらいろいろ販売している。
洗濯機は4台もある模様。
脱衣場は広く、テレビに庭に、ござ付きの休憩台。丸かごもあり。
ロッカーは縦長の大きめのものを使おう。
開けると、汗臭いカビ臭い働き者の脇の匂いがつ〜んと香ってくる。
他のロッカーに変えるも同じ匂い。
うむ、気にしない事にしよう。
さっと脱ぎ、湯を浴びに行く。
この銭湯は横に広い。というか奥行きがあまりない。
だから脱衣場から浴室へ入ると、大抵奥にある浴槽が左手にある。女湯の境の壁に張り付いている形だ。
それに、全面岩である。
岩場にある湯。そういったイメージ。基本はセメントを貼付けてゴツゴツ溶岩のように固めた感じだが、湯が滝のようにわき出している岩は一枚岩である。
ザバザバとお湯が常に出ている。
そのすぐそばでなぜかカエルの親子がこちらに向いて座っている。
ペンキ絵は岩場の上に看板のようにせり出した板の上に描かれている。
富士の絵。
伊豆海岸。平成19年11月14日。早川
と描かれている。
早川氏の作品は輪郭に迫力を持たせて全体的に全面へ強調させる、際立たせる筆致のようだ。
女湯側も壁が低いせいかよく見える。
富士ではなく、岩と松が見えるが何の絵だろう。
ペンキ絵の下には岩が不自然に扉のようにどっかと居座り、張り紙で「横たわって寝る事はできません 店主」のような文章が書かれている。確かに横たわるのにいいスペースとなっている。ここは昔浴槽だったのかな。
もともと岩もなく普通の銭湯で、岩を貼付けて行く事で浴槽スペースが狭くなったのかもしれない。
銭湯は昔は普通にお風呂を楽しむ、生活の為の湯、という事で良かったのかもしれないが、数も増えてくると個性を押し出す、銭湯ごとにそこに存在するべきアイデンティティーが必要とされてくる訳だ。
銭湯は文化で、それはとても熟成された文化だ。
いろんな銭湯を訪れ、様々な世界を知る。毎日発見の連続である。
話が虎の湯からそれてしまった。
浴槽は2つ。
岩から流れ出すお湯を楽しむまさに岩風呂と、ジェットが二カ所から出ている浴槽。
どちらも温度は高く、45℃を水温計は指している。
それよりは少し低いイメージだ。
張り紙もしてあり、当湯は熱めのお湯です。お水で低くしてお入りくださいのような事が書いてある。
しかし、せっかくエネルギーを用いて温度を上げたお湯を、わざわざ水で下げる必要もあるまい。無駄なエネルギー消費となってしまう。
ぐっと、熱い湯に身を投じる。
うん、これはとても心地よい。
岩を眺め、伊豆海岸からの富士の眺望、カエルの親子に、そうそう、女湯との境には五重塔もある。灯りが漏れている。
まるで箱庭の中にいるようだ。
お客は5名。
熱い湯の為長く浸かっている人もいない。
すぐに独占状態となる。
設備は際立っているところはないものの、この雰囲気に身を投じる事がとても楽しい。
仕事の疲れをかなり癒す事ができた。
脱衣場で涼んでいると、浴室のとなりに扉があり、その奥には湯船が見えた。暗がりの中で欲は見えないが、狭い感じだ。今は使われていない模様。
いつか銭湯ブームが再来し、虎の湯の使われていない湯船に火が入る日が来たらいいと思う。
帰り際、番台のおばあさんにご挨拶。
その時女湯側が目に入ってしまった。
もちろん故意ではないが、そんな事故も番台の良さではないだろうか。
もちろん若い女の子が来ている訳ではないのだけど、淡い期待を抱いてしまうというのがいつまでも追い求め続ける男のロマンというか、マヌケというか。
番台銭湯、いつまでも残っていてほしい。
帰り際、窓から防犯カメラの映像が見える。
銭湯で悪さをするやつがいるのだろうか。
人気も絶頂であった頃は、悪い輩も銭湯に集まってきたのだろう。
こうしてのんびりした空気に包まれている現在、防犯カメラも少し歳をとって、あとは湯に浸かりにやってくる人々をにこにこ眺めているといった感じかもしれない。
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