2008年12月7日日曜日

52.渋谷区西原 仙石湯

都心での用事を済ませ、家へと帰る途中に銭湯に寄ることにした。

幡ヶ谷にある仙石湯。
すぐお隣の笹塚に学生時代一人暮らしをしていたせいで、この幡ヶ谷の商店街にもなじみがあり、歩いていると懐かしい気分に浸れた。
歩いたのが7時過ぎということもあって、ほとんどの店は店じまいの時間であったけど、人々の活気や食事処から漂ってくるいい香りなど、当時の雰囲気が色濃く残っているなと感じた。

車で来たので幡ヶ谷駅前のコインパーキングへ駐車。一時間400円。
そのまま商店街に入り、3分ほど歩くと右手に仙石湯が見えてくる。左手にはスポーツセンター。運動をして疲れた体を銭湯で癒す、そんな使われ方が思い浮かばれる。

左右をコインランドリーに挟まれ、入口には仙石湯のオリジナル暖簾がひらひらと風になびいている。













立派なビル銭湯。
歴史を感じるしっかりとした造だ。なにか格調高いものを感じる入口である。





















下足を預け、ピカピカの床を進む。
このロビーにはイスが4つあり、待ち合わせが可能だ。外気が入ってくるのでこの季節はかなり寒かろうが。

中は番台形式で上品なしゃべり方の女将さんが微笑みながらお出迎えをしてくれた。
湯賃をお支払いする。番台の前には大きな壁があり、脱衣場のすべては見渡せないような造りになっている。
番台の目線が気になる人には親切な造と言えるだろう。
それにしても床がきれいだ。まばゆいばかりに光り輝いている。
天井はさすがに低い。控えめに二段型になっている。
アナログの体重計はTANAKA製だ。しかしこれは新品同様のもの。身長計測器があり、ドリンク自販機もある。
ソファが設置され、テーブルには数多くの雑誌。なぜか芸術系の雑誌が多い。
こちらのご趣味であろうか。

パパッと服を脱ぎ、浴室へ。
お客がなかなか多い。10人ほど。
天井は低く、かまぼこ型である。上部の丸い部分は非常にわずかな円弧を描いている。
横幅がゆったりとあるため、狭さは感じない。
湯煙が充満した浴室はこれから湯を楽しむ胸の高鳴りをさらに盛り上げてくれる。

カランは7-7-7-9。島カランが二つなのだが、外壁側はサウナ室と薬湯の浴槽があるためカランはない。立ちシャワー2基と、ボデイシャワーもある。こちらは「湯」と「水」のボタンがついている。

体をしっかりと洗い、浴槽へ。
座ジェットが3基あり、普通の浴槽が並んでいる。座風呂の方には水枕もしっかり完備。
まず普通の浴槽へ。
湯温は41℃とデジタルで表示されている。たしかにぬる湯でそれくらいの温度だ。
初めの湯としてはちょうどいい温度である。
少し体も温まり、続いて座風呂へ。
こちらは3基がしっかりと手すりで分けられており、浴槽に入る部分から手すりが続いている。水枕は適度に冷たく心地いい。足を伸ばしても、イスのように腰掛けてもしっかり収まる構造。座ると水枕の位置が低く感じ、寝るには少し高い感じがする。
自分の体が少々大きすぎるのかもしれない。

さて、次は薬湯の方へ。
本日は「カモミール」湯。
ハーブティでカモミールはよく飲むが、まさに同じ香り。
安らかな眠りを誘う香がする。
湯温は44℃の表示。高温槽と書かれており、ヘルシーバスとも書かれている。
薬湯にしては湯温が高めかなとも思うが、浸かってみるとそんなことはない。とても肌触りのいい薬湯で湯温はむしろぬるい位に感じる。
芯まで温まり、すぐお隣のボディシャワーへ。「水」のボタンを押し、ブースの中に入る。何十カ所もの穴からジェットが噴出。冷たく一気にクールダウンされる。少々ジェットが体に痛いくらいだ。
サウナ室がすぐ隣なので、水風呂がない分このシャワーでクールダウンするのが温冷入浴の常套手段となる。

カモミールの湯へ再び浸かり、何度かこの往復を繰り返す。
そんな折、背景を眺めてみるが、壁は茶色のタイルで何もなし。少々寂しいが、その代わりに脱衣場境のすりガラスに注目だ。
熱帯魚に水草、そして裸婦が一体。わかりやすいタッチで描かれている。
時折すりガラスのある銭湯に出くわすが、女性である確率はかなり高い。こちらのすりガラスも例に漏れず。なかなか楽しめるすりガラスだ。

注意すべきは浴室の床。
タイルが無地のものなので、注意して歩かないとつるっといってしまう。子供などは素早く動きがちなのでこういうタイルでは危険だろう。

湯から上がり、スタンプをもらう。番台がご主人にお変わりになられている。
「色々なところを廻ってるんですね」とお言葉を頂いた。
こちらの銭湯は静かで雰囲気があっていいですね、とお返しした。
実際テレビがなく、お客の数は多いがやかましいことがない。ゆったりと湯を楽しめるのだ。お客の年齢層が高いというのも雰囲気を良くしているだろう。
それと何よりも床のきれいなこと。これは素晴らしい。一瞬にしてこの銭湯の質の高さが伺い知れるというものだ。
ビル銭湯であるのになにか深いものを感じてしまう。背景がないのは物足りないが、それが逆に銭湯特有の浮世な雰囲気を消し去る効果もある。銭湯全体から懐の深さを感じてしまうのだ。

表に出て、パーキングまでの道すがら、体は薬湯のおかげでいつまでもあたたかかった。
次にくるときはサウナを楽しむことにしよう。
学生時代に一度来ていれば今日は再訪となったわけか。そのころは銭湯には全く興味がなかった。一歩青春を立ち止まり、仙石湯に浸かれば多少考え方も変わって来ていたかもしれない。
そう考えだしてもまったく今となってはどうしようもない思いを巡らせながら車を走らせ家路に着いた。


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